自分人は「学術的な視点」が欠けている。
これは、ダークサイドミステリーで放送された「歴史学者と作家の裁判」を見て思ったことだ。
歴史学者は、筋の通った、多様な視点の資料によって裁判で勝つ。
しかし、負けた方の作家の考えの断定・ある物事から自分の考えを導く方法に、自分の良くない点を重ねた。
目次
1. 数少ない資料から、~だと断定する作家
歴史裁判の主なテーマは、ヒトラーによるユダヤ人虐殺についてだ。
作家の主張を、歴史学者が著書の中で批判。
それを「名誉棄損」として裁判が始まった。
裁判が進むと、作家の元の資料の引用が極端であるという指摘が多くなされた。
それは、作家自身の思想を、本の中でさらに補強するような文のみを引用し、思想に目障りな情報は排除するという書き方であった。
2. 危険、しかし、便利な「確証バイアス」
しかし、これは少ない事実から、あるかないかが分からない考えにいたる危険なものである。
これは、人間関係や恋愛において、「決めつけ癖」と呼ばれるものであろう。
文章を書くのが好きな僕は、写真・絵を描く人との交流もあったのだけど、少ないアイデアから一つの突飛な考えにいたるのは「創作活動」「独創性」においては武器になる。
しかし、「広い目」も持つべきであると、この裁判から学べる。
人は自分の都合のいいように、事実や出来事を選んでしまうのだ(心理学では「確証バイアス」という。自分の仮説に都合の良い情報だけを選んで、そうでない情報は見ないこと)。
3. 確証バイアスの悪影響
自分に都合のいいことは、それがよいことだけでなく、自分にとってマイナスな思想にも働く。
「人とのコミュニケーションが苦手」という人がいるとする。
その思い込みを、心に強く抱いている人は、他者からの賞賛の言葉・態度よりも、否定的な関わりを見すぎる。
そこで「やっぱり私は,,,」と、元の思い込みを補強してしまうのだ。
このように、確証バイアスは良くない思い込みや思想、信条を強めてしまうものかもしれない。
4. 仮説 「確証バイアスを抱きやすい人の個人差」
ある話を聞いたことがある。
恋で「決めつけが激しい」人との恋愛は疲れるらしい(僕もそのような人間)。
確証バイアスは心理学の言葉で、その傾向が強すぎると、「偏執的」「視野が狭い」「自分の意見過剰信仰」ともいえる。
それは、自己愛がもろい人におきやすい傾向なのではないだろうか(これは一つの仮説)。
または、固執性も影響しているかもしれない(↑と同様)
固執性の文章はこちら▼
人はだれしもこのような傾向を持ってはいるのだけど、同じ負荷でも疲れを感じやすい人とそうでない人がいるように、考えの持ち方にも個人差があるはずだ。
そんなことを思って、論文を探してみた。
5. 「認知的終結欲求」という言葉
論文を探してみると、「認知的終結欲求」というおもしろい概念を見つけた。
これは、基本的帰属のエラー(人は他人の失敗を、態度や性格といった内側の原因のせいと思いやすい)の実験で、人の普遍的な傾向を調べた実験だ。
確証バイアスに適用できるものでないけれど、ここは論文でなく自由な発信の場であるから、自分の仮説を書いていく。
認知的終結欲求とは、情報を探す・予想をするという行為を早めに打ち切って結論を下す傾向のことである。
まさに、世間で言われている「決めつけ」は、心理学の世界で言うとこの言葉が当てはまる。
最後に
このように、作家の姿から日常生活に繋がることを学べた。
「決めつけ」とふんわりとした言葉ではなく、学問の場から見たい。
そんな勝手な願望だけど、論文を漁っていけば、「決めつけ」と近い「認知的終結欲求」の個人差・それを柔らかくする方法も見えてくるだろう。
ひとまず、この文章では、決めつけと呼ばれるものが、心理学の言葉にもあったという発見で終わりたい。
今後、これらの内容で新たな発見があったときに発信していく。
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