「自分でコントロールできないものが多すぎる」
最大のストレスコーピングである岩手県への帰省の費用も自分で出せない。
生活費もかつかつで、大学院に通うための生活を整えるためにアルバイトをする気力もなかった。
都会暮らしも、4年住んでみれば自分の適性のなさに気づく。
経済的な理由と、心身上の理由で大学院をやめた。
目次
1. 大学院を退学した過酷な日々
大学院を退学して、4年間目指してきた「カウンセラー」の道から外れてしまった。
カウンセラーという名前なら、資格を持っていなくても名乗れるけれど、それ以上に社会からの信用というのは僕も人だから求めてしまう。
また、僕がカウンセラーを目指す原点となった、盛岡のカウンセラーは国家資格を持っていて、憧れた姿に自分が離れてしまった絶望が、「死」を考えるほどに自分を蝕んだ。
また、大学院を退学した時点で、僕は22だ。
この国では、20から社会人ならば国民年金を払わなければならない。
さらに、奨学金を250万借りていて、その返済のために何かしら仕事を探さなくてはならない。
周りからの視線も、親からの視線も冷たく感じた。
僕は、大学院をやめる前から追い詰められていたのだし、温かく受け止めてくれる人の存在がいなければ、真っ黒な世界に飛びこんでいただろう。
2. 大学院をやめてよかったこと
僕の今の課題が、「二分法的思考」の脱却だ。
物事を良いか悪いかで見てしまい、それは対人関係でも日々の思考にも繋がる。
長生きするためにも、幸福になるためにもこの思考を柔らかくしたい。
そう思った本はこちら 岡田さんの本 真面目すぎる人ならば、自分の勤勉さを誇れるようになれる▼
まず、どんな面にも良いと悪いは併存しているのだから、どんな出来事でもよい点を1つでも探してみる。
2-1. ホームシックと破滅的な過食の消失
まず、大学院をやめてホームシックが消えた。
上京して4年間、ホームシックに苦しみ、そこからあふれ出す不安が辛かった。
部屋でふさぎ込み、実家から送られてきた食材を、身体を傷つけるかのように詰め込んだ。
食べてしまった後は、身体が起きれなくなるほどお腹が痛くなったり、ゴミ箱に吐いてしまったこともある。
しかし、この文章を書いていても思い出しただけで辛くなるけれど、それらの症状は無くなった。
岩手県の豊かな自然は包容力があって、どんなに自分を受け入れられない僕の心も包んでくれる。
岩手に戻ってきて、人生で一番「自分らしく生きれている」のは不思議だ(一度大学で上京して考えを深めたことで岩手での生活が充実している面もある)。
2-2. 自然の暮らしをメンターから学ぶ 農業
自分以外の人の寿命なんてコントロールできない。
だから、岩手県の自然の中で何十年と住んでいる人の知恵も、それを学ばなければ、その人が亡くなれば尽きる。
僕は身近にメンターとなる、自然暮らしを導いてくれる存在がいた。
僕が大学院を卒業するまでには、もしかしたらなくなっていたかもしれない年齢だ。
そのような方から、農業と自然で生きる知恵を学べたのは貴重な体験だった。
3. 東京に行ってよかったこと 小説・創造性が増した
これもまた、二分法的認知の解消のために、文章を書く。
つらかった東京生活だったけど、行ってよかったこともある。
確かに辛かったけれど、孤独というのは創造性を増す。
コロナで実家に帰れなかったとき、苦しみを小説で昇華した。
1人で部屋にいると、思考が水蒸気のようにもやもや出てきて、それが未来に繋がる示唆や、発信の種になる。
また、東京は本屋の数も多くて、規模も大きい。
多様な本を眺め、他の地で過ごしていれば出会えなかった本との出会いは、生活を支えている知となっている。
● おまけコラム 東京にきて得たものはなんなのだろうか
上京の胸が高鳴る気持ち。
東京への逸脱した理想化。
僕は、東京に来る前にこのような気持ちだったのだけど、東京にきて得たことをはっきりとは言えない。
大多数と触れ合うことで、多様性を学べる?
いや、田舎でも見識のある人ならば、少ないサンプルで人の普遍性を見透かせる。
多くのイベントに参加できる?
たしかに、多くのイベントや心理学を学ぶ人には会えたけど、結局、みんな都会志向で東京にきた人であって、多様性はないのかもしれない。
いろんな症状をもつ人のオフ会も、田舎で企画すればできるし、むしろそちらのほうが安全性が高い。
しかし、心理学を学ぶために東京にくる必要はなかったけれど、東京でしかない出会いがあった。
ただ、それはどこに行っても人との出会いはあるし、運命論というものを排除すればなぜ自分が東京に来たのかが不思議だ。
しかし、それは鮮明なことで、東京を志向する心は、内で生じたというよりも外の価値観によって生まれたものだ。
昔から頻繁に東京に来ていたし、アニメや漫画、ドラマでも都会の刺激を求める登場人物の姿を見て、心が踊ったものだ。
テレビ番組も、都会を中心とした内容だし、それらの内容は正直、地方のテレビよりも面白い。
だから、僕が東京に来た理由は、簡単な言葉2、3語を当てはめてみると「周りに流された」としか言いようがない。
正直、そんなふうに周りの価値観に流されると、自分に合った生き方や「自己実現」など、見つけることはできない。
だから、自分の中に雑草の根のようにはびこる、世間の価値観や流れというものを、一つ一つ解いていくことが自分の自己実現に近づいていく方法の一つだ。
それらの流れに沿って生きるのが、自分らしく生きられる人は楽だけど、僕はそうではない。
だから、東京に進学した理由を分析し、今後の行動を大多数の圧力に流さていないのかと、俯瞰して考えてそのような行動を避けるための教訓にしていこうと思う。
● おまけコラム 既存のものを目指してはいけない
そういえば、院試勉強中にあることを思った。
自分の苦しみの原因は、既存の職業を目指しているからであって、その過程で点取ゲームをしなければならないからこそ、こんなに苦しんでいるのだと。
カウンセラーになるには、大学院に入らなければならないし、国家資格も取らなければならない。
それは、憧れた一人物がそれらの経歴を持っていただけであって、その既存の経歴を目指すことで僕は潰れてしまう。
そこで悟りを得ながらも、結局、大学院入試を続けてしまったし、やめた今でも目指している。
しかし、そうでないのだ。
僕は、既存のものを目指すことで潰れる。
なぜか、既存のルールや常識と呼ばれるものに、自分からいいなぁと思ったことはないし、ひたすら反抗ばかりしている。
やはり、それは小さい頃から小さな枠の中に収められた生活が苦手だったし、元から存在するものが、ひとであれものであれ、目に見えない不文律でも僕にとっては邪魔だ。
こちらも邪魔だし、それらを守りたい人にとって僕が邪魔に見えるのだろう。
だから、もう僕は、既存のものを目指してはならないのだと思う。
この世界にはまだない、新たな職業・生き方を切り開かなければならない。
過去のひとが切り開いた道を目指すのは、僕にあっていない。
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