「他国」から来た人と話すのは楽しい。
これは、中国やベトナムの留学生、オーストラリアから来日したアルバイトの先輩と話して気づいたことだ。
僕は、日本の料理や自然は好きだけど、「日本人」という所属に愛着をもってはいない。
日本人同士で輪を作るというより、その輪から離れてしまう癖があって、所属などどうでもよさげに人と交流する。
すると、大学では留学生の友達ができたし、アルバイトでも他国からきた人と話をする機会が多かった。
そこで気づいたことを書いていく。
目次
1. 「日本語をうまく話せない」という気持ち アルバイトや日常生活
僕が友達になった人には、流暢に日本語を話す人もいたし、片言で「日本語を話すのが苦手」という方もいた。
彼・彼女らは、「日本語学校」というものに入ることもある。
これは東京を歩いていると、時折目にする施設だ。
どうやら、日本語を学び、難易度が分けられているある一定のテストに合格すると、大学・大学院の受験ができる。
しかし、日本でもそうであるように、テストと日常の会話は異なる。
同じ大学でも、日常の会話をどれほど語彙が多く・流暢に話せるかは人によって差があった。
そして、アルバイトでも客や店員に対する「決まった日本語の発音」しかしないため、複雑な日本語を学べないという悩みを抱いていた。
そのような方たちは、「日本語苦手」「話すの下手だから」と、苦々しい顔で劣等感のようなものを抱いているようだった。
2. アルバイトがなかなか決まらない気持ち
「アルバイト落とされた」
これもある友人から聞いた話だ。
僕は東京の中でも、都心から離れた大学に通っていたけれど、周辺のアルバイトに落ちてしまったらしい。
そのため、「新宿」でアルバイトをしていた。
通勤も電車にのらなくてはならず、学業との両立が大変そうだった。
「外国人」という理由でアルバイトが決まらなかったのかはわからないけれど、「異文化適応」の論文で、大半の留学生が日本に来て「不平等な扱いをうけた」と感じているという(国費によって留学している学生はアルバイトをする必要がないためそのような体験は少ない)。
日本には「うちとそと」という言葉が存在するように、外国人という肩書きだけで距離を置いてしまう人もいるのだろうか。
3. 北京やハノイの話を聞き、目が輝く
大学院にいた留学生の方は、北京の出身だった。
だから、北京の話や「本場の中華料理」の話を聞けた。
また、ベトナムの首都であるハノイ出身の方もいて、ベトナムの文化や食べ物について聞いた話が新鮮だった。
このように、他国から来た方と話すことで、他国と日本の比較を楽しめる。
4. 日本に滞在する「外国人」が求めていること
他国から来た人と話して、彼ら彼女らの悩みを聞いた。
その経験から、「働きながら、複雑な日本語を学べる場の提供」が必要だと感じた。
それは、現在、日本に少ないからこそ、いろいろな土地で他国から来た人と話しても同じような悩みを持つ人がいるのだろう。
日本では、日本人にとっても外国人にとっても「学ぶ」と「働く」が乖離している職場がある。
だから、それを限りなく近く融合させて、両輪を持てる事業・会社を作っていきたい。
それが、僕の1つの目標だ。
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