彼女は何度も手を振りほどこうとした僕の手を離さないでいてくれた。
この恋がいつ終わるかはわからないけれど、彼女は僕の上から底まで愛してくれたのは確かだ。
こんな女性は二度と現れないだろうし、この子と別れたら僕の目の光は消える。
いつも別れるほどの喧嘩を繰り返した。
「別れる」ことは短期的には賢明な判断だけど、長い目で見ると大切なものを失っている。
喧嘩の発端は僕の短所であって、そこから逃げるために別れるのは問題の先送りでしかない。
今は「喧嘩」という苦難だけど、それを先延ばしにすればさらに大きい悪魔になって僕の首を締めるだろう。
だから、たくさん傷つけあっても傷を修復するように努めて、一見いろいろ失ったように見えても大切な子といられたのはよかった。
僕は人に合わせるのが極度に苦手だけど、彼女との暮らしで人に合わせることが少しできるようになった。
それは、「別れ」を選んでいればたどり着けなかった境地だろうし、後々から見ればプラスの方が多い。
けれど、僕は彼女の手を離そうとしてしまう。
本当に大切な存在ほど、自分から遠ざけようとする癖を直したいのに、これだけは直らない。
最近も、やりたいことと恋の両立が壊れるのが怖くて、別れを切り出してしまった。
僕は、一つのことにしか集中できず、それ以外を視界から排除する癖がある。
しかし、考えてみれば、一つを成し遂げても一つが欠ければ本当の幸せはない。
だから、2つか3つ成し遂げたいことがあるときに1つに絞ってしまうのは、僕の生きづらさの根底にある「二分法的思考」が関係しているかもしれない。
精神科医である「岡田尊司さん」の本である、「ストレスと適応障害」がある。
その中で、「いつもの考えや行動の癖・習慣を少し変えることが柔軟性につながる」とある。
その心がけが、一時も万事に繋がるらしい。
このように、今までの自分の成功体験にしがみついて、一つに絞ることに固執してしまう。
たとえ、なにかを成し遂げても、生きづらさの根底にある固執性と、二分法思考が消えたわけではないから、長期的に見るとマイナスになる。
だから、恋と仕事、どちらをとるかという考えは愚かなのかもしれない。
その結果ばかり見ても、僕の生きづらさは消えない。
だから、どんな結果になろうとも、2つ、3つの両立を目指すプロセスが、僕の人生をより良くしていくはずだ。
たとえ、結果が伴わなくても、プロセスを重視するようになったことが、僕が心理学を学んで得た気づきなのかもしれない。
未来のことなんて、誰も予想できない。
でも、未来をより良くするために自分のすることは決められるし、自分で持つ考えも選ぶことができる。
お互い好きなのに、やりたいことに集中するために「別れる」ことは、今までの自分と全く変わっていない。まったく成長していない。
だから、結果よりも2つを追い求めた自分とそれを支えてくれた彼女をねぎらいあえるような未来を作っていきたい。
それがどんな未来でも、幸せを追い求めた自分は今よりも格段に成長しているだろう。
自分の問題から逃げるために「別れ」なくてよかった 恋愛 固執性 柔軟性 二分法的思考
