あげまん
その言葉を聞くと、女性を区別するかのような印象を受ける人もいるだろう。2000年代、これは男の運気を上げる女という意で用いられている。
しかし、それは抽象的な表現で、男の運気が上がった後の結果的なものであり、そのような女性を細かく分析していきたい。
なにせ、言葉遊びとその言を深く見たい自分には避けられないので、申し訳ない
1. 人の料理が上手い人
「十皿の料理」という本があり、著者は本の中で「電車に揺られる新卒の社会人達、それはまるで具材のようで、料理する人間によって美味くも不味くもなる」みたいな表現があった。
これを聞き「なるほど」とうなずく。料理は「食」を扱うが、「人の料理」が上手い人も存在する。
人の料理がうまいとは、「人の得意を見て伸ばせる」ことではないだろうか。「あげまん」とは、人の料理が上手い人であり、付き合ったパートナーの粗よりも良さを見れる人だ。
極端な例を挙げるが、親から粗ばかり指摘された子には自信がつかないが、得意を応援してくれる親(押し付けでなく)だと子は伸びる。恋愛とは、一種の親子関係の縮小版であり、あげまんは結婚して家庭を持った時にも「良母」になる可能性がある。
2. 要因
まず、人の良さや得意を見るには、「愛着」が関係しているだろう。
親と子の絆である「愛着」が不安定な人では、人の粗ばかりが目に付く。そのため、努力しない限り、あげる人にはなれない。パートナーとの関係でも、パートナーの良い点より悪い点ばかりが目につき、言われる側も普通ならば徐々に力を削がれていく。
しかし、愛着など親の要因が大きいのだから、今後、男女共に「あげる人」になるにはどうすれば良いのだろうか。
3. 努力
まず、僕は不安定愛着を克服するために「恋信人修行」と、自分の得意を伸ばすことで幼少に植え付けられた「歪んだ自己イメージの打破」を目指している。
これはまだ仮説であり、自分が研究台となって試している。しかし、いくら研究家がこうすれば不安定愛着を克服できると、統計的な説明をしたところで、実際に自分が「不安定愛着である」と自覚し、それを克服するコンテンツはあまり見たことがない。
そのため、自分の努力によってパートナーもあげ、さらに自分もあげられる「相互あげ」を今後は目指していきたい。