大学院を退学してから、農家になる。
それは、突拍子のない行動に見えるけれど、学生のころにどうやって自分の将来を築いていくか熟考した結果だ。
まず、聖丁さんというインフルエンサーがいて、僕はその人の Voicy を何千回と聞いた(2022年現在で500~600放送あるけれどそれを3~5周はした)。
聖丁さんは、放送の中でマルクスの「資本論」についてよく話していて、マルクスの考えに触れるきっかけとなった。
目次
1. 働く人の持つ商品は、「労働力」
まず、マルクスは、資本論の中で「資本主義で、労働者は労働力をお金に換えている」と言う。
労働者も身体を使った経営をしていて、自分の労働力と引き換えに対価となる報酬をもらう。
資本主義は商品の集合であるが、労働者は「労働力」という商品を売っている。
例として、労働者が月〇時間働くことで、会社は〇百万円の売り上げ・社会奉仕をすることができる。
また、専門職も自分の技能という労働力の対価として、給料をもらう(心理職も同じ)。
2. 労働者の「搾取」
また、マルクスは資本論の中で 「労働者は搾取されている」と書いている。
まず、労働者が生み出す価値は、給料に直結するわけではない。
例として、労働者が会社にとって月100万円の価値を生み出しても、支払われるのは月80万円だ。
しかし、労働者に支払われる給料は、なぜ月80万円なのか?
その理由として、それは「労働力を再生産するためのお金」なのだ。
3. 労働力は回復する!
この80万円は、労働力を回復させるための経費である。
簡単に言うと、明日も元気に会社に行くための費用といえる。
この80万円の中には、食費・家賃・衣類・ストレス発散のための経費(旅行、飲み代)などが含まれている。
また、その人限りで労働者がいなくなると、経営者は困る。
労働者がいなくなれば、雇う人がいなくなるからだ。
そのため、新たな労働者を生み出すために月80万円のなかに子供を労働者として再生産するための経費が含まれる。
4. 給料が「貯められない」理由
このように、労働者の給料は労働者の再生産のための経費であり、余分なお金は残らないようになっている。
医者の給料が高いのは、労働力を回復させるための経費が多い(仕事量が多い・告知などのストレスが多いから)からであり、子供を医学部に進学させ(教育費)、新たな労働者を再生産する必要があるからだ。
だから、医者は高給取りではあるけれど、手元にお金が残らないようになっている(開業・起業している人は別、雇われている状態ならどんな仕事でも同じ)。
これは、他の職種でも同じで、経営者や行政など労働者を雇う側は、労働力の再生産に必要な最低の給料を払うため、フェラーリや高級車を買うためのお金は渡さない。
このように、資本主義の中では手元にお金が残らないように設計されている。 労働力以外の商品を持たないと、一生働き続けなければいけない(俺は無理)。
5. 資本論の考えから、「僕は労働者に向いていない」
資本主義の中では、労働者としての適性があれば一番いい(そーいう人の方が大多数だし幸せ)。
しかし、僕は集団生活が苦手だから労働者としての適性が低い。
「従順な勤め人を増やす」という、人の自己家畜化の過程で、僕のような遺伝子や特性はいらない。
集団にいると、何かしらの不適応を起こしてしまう。
このように、僕は労働者としては成功できない。
そのため,労働者から抜け出したい(自分の会社を持ちたい)。
6. 労働から抜け出すためには? 農業
労働者の定義は、労働力しか商品(資本主義で現金と換金できるもの)を持っていないことだ。
だから、労働者の循環から抜け出すために、労働力以外の「商品」を持てばいい。
そこで、僕が注目したのは「農業」だ。
農業は,生産したお米や野菜が商品となる。
運がいいことに、農業を学べる土壌が岩手県にあって、それらのメンターもいる。
また、都会暮らしの人と違って、農業における「生産設備(土地や農作業の道具)」はあるため、それらを活用すれば、自分の力量次第で「商品」を生み出せる。
商品を作るために労働力を投入する必要はあるけれど、それは雇い主に捧げるものでなく、自分の商品を作るために費やすものだ。
しかし、学校をさぼって一日数十時間勉強する、部活をさぼって自主練をするという変態的な性質の持ち主である僕にとって、自分の労働力を自分のビジネスのために投資するのは苦ではない(発信も全く見返しがなくても、自己ブランディングのために4年以上も続けている)。
その商品を加工して、さらに付加価値を付けて資本主義の市場に出してそれが売れれば、労働力を売らなくても生活できる(会社に勤めなくていい=集団生活しなくてもいい)。
他に考えている労働力以外の商品として、自家出版した書籍など、いろいろある。
7. どのように商品を作ろうか
どうやって商品を売るかは、大学1年生の時から考えている。
具体的には、商品を売るための広告手段だ。
そのため,将来自分の商品を宣伝するための媒体としてYoutubeやNote(大学1年生~)を始めた。
よく周りの人から、Youtubeやブログは広告費で稼ぐために始めたの?といわれるが,そんな近視眼的な視点で始めたわけじゃない。
将来自分のオフィスや商品を持った時に、それらを宣伝するための媒体として始めた。
なぜなら、わずかでも影響力や固定のファンがいれば,商品の販売には有利になる。
とある事情で、Youtubeにコンテンツを出す意欲は削がれたが、さらに勤勉性の高い、感覚が開いていて、内に深い人に自分のコンテンツを見てもらうためには、今ままでのトラウマもいい方向になることがあるかもしれない。
しかし、トラウマを与えてきた大人・人間・集団に対して一生許すつもりはないし、距離をとるという選択をするためにも、僕は商品を作る。
是非、生きづらさを抱えている人にとって、労働力を売るだけの生活は潰れてしまうだろうから、お遊び(自己実現)のためにも、商品を作る過程を僕も発信していく。
あと、農業は楽しいというのが一番の理由でもある。
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