「恋の魔力」
そんな言葉は、自分に無縁だと思っていたけれど、最近「恋の魔力」を実感した。
今までは、ちょうどよく頑張りの時期と恋は離れていた。
それは、僕が恋を壊す性を持っていたからだ。
しかし、それを受け入れてくれる女性に出会い、僕は頑張りと恋を一緒にすすめる壁にぶつかる。
「恋の魔力」によって、岩手県の大学院に再び挑戦しなかったことは後悔だ。
一緒にいるために東京の大学院をうけて、逆に、東北に進むという選択をしたことで合格をいただいた。
もしも、東京と東北の大学院をすべてうけても、中途半端な対策ですべて落ちていたかもしれない。
しかし、僕は「やったこと」よりも、「やらなかったこと」の方が後悔が強い。
冬にもう一度岩手県の大学院をうけて、うかる確率がほんの僅かでも、戦うことをやめてはいけなかった。
「好きな人と東京にいたい」という思いもあったけれど、「もうつらい勉強は続けたくない」という気持ちで戦うのはやめた。
結果、東京の生活に限界がきて、遠距離を避けるために選んだ選択なのに、遠距離になってしまった。
「好き」という感情があると、現実が見えなくなる。
僕は、気分の落ち込みが激しく、そのデメリットとは別に、レンズで汚さずに現実を直視できる(うつの人ほど徹底したリアリズム、それが自分をより低く見てしまう理由でもある 「一流の狂気」より)。
恋をすると、現実を見る目が曇る。
すでに、僕は東京での賃貸生活は無理だったし、同棲をするほどの体力も資質もなかった。
それなのに、その現実を曲げて「好きだから」という理由で、選択を曇らせてしまった。
これは、誰のせいでもなく、自分の思考を一歩離れて見ることできなかった自分のせいだ。
恋の魔力によって、後悔が生まれたことは事実だ。
しかし、命がけの恋愛をしている選択に後悔はない。それに付き合ってくれる彼女にも感謝している。
僕が一番見るべきは、先人が「恋の魔力」と言い、恐れた、恋をしている人の頭で起きていることだろう。
僕は、生涯今の彼女に恋をするだろう。
だから、「恋の魔力」に浸る自分を見つめ、自分の周りで起きていることと自分の能力とその限界、周りにある資源とサポートを見ることで、恋をしながらも的確な判断をすることがこれからの課題だ。
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