ホームシックは、故郷を離れた人の大半が経験する。しかし、大半は自然に軽減するのに、10~15パーセントの人は深刻なホームシックに陥る。
僕の場合、その数字に入ってしまったから、これからもホームシックについて研究する。まず、最近、「カルチャーショック」の論文を見直していたら、面白いものがあったから紹介する。
1. 文化的友だち
「異文化間 接触研究におけるカルチャーショックの視点」という論文に、その言葉は出てくる。
文化を超えて移動する人が体験するカルチャーショックは、「ホームシック」と似たような言葉である。心理学では区別されているけど。
まず、この論文に出てくる「文化的友だち」とはなにか。
それは、新たな環境に入った人の「その土地の文化の習得」を促す、先輩的な存在である。
1-2. 文化的訓練・情緒的・社会的サポート
この文化的友だちは、文化の獲得に協力する。
何も文化を習熟していない人が、文化的友だちとのコミュニケーションの中で「訓練的」に文化を身に着け、時には情緒的・社会的サポートをうける。
これは、以前のブログで紹介した、「安全基地」的な存在が、ホームシックの緩和に繋がるのでは?という考えと近い。
そのような存在が実在するかは分からないけれど、異文化への適応に影響を及ぼすのでは?という、細越さん(論文の著者)の考え。
2. 社会への参加
この論文では、もう一つ面白いことが書かれている。
それは、「滞在者が傍観者・あるいは局外者として除かれるのでなく、その社会に参加する形で関わること」が、文化的なスキルの獲得に貢献するという。
この文を見たとき、「なるほど..」とため息がでた。
※僕は東京でホームシックに苦しんでいたころ、部屋で黙々と勉強やゲームをしていて、同じ大学の友人で毎週とか頻繁に遊ぶ人はいないし、サークルや部活にも入らず、地元の行事にもあまり参加していなかった。
アルバイトも「入試勉強」という名目でやっていなかったし(ただ単に定型業務への適性が皆無)、僕は、東京という社会の中では「傍観者」であり、「局外者」であったのだ。とどめとして、僕は文化的友だちや安全基地のような存在を、大学内にもてなかった(大学外では、「心理学」という趣味でもあり好きであるものを介して、持てた。これ、何かしらヒントになる)。
2-1. 参加を促す
しかし、僕はすべての期間、重度のホームシックに苦しんでいたかと言えばそうでない。
ホームシックが消えることはないにしろ、先の「※」の文章に合致していないときは、ホームシックが和らいでいたような気もする。
部活やサークルをして、立川で子どもを対象とした長期のボランティアに取り組んで、アルバイトも億劫だけどやって、一緒に上京した友人と交流したりして。そんなときは、ホームシックがましになった。
けれど、※の状態に陥った大学4年の前期、故郷から東京についた途端にホームシックがあふれ出るという状態も、僕の内的な要因やコロナといった外的な要因も組み合わさって起こった。
3. 求められるサービス
このように、文化的友だちと、社会への参加に焦点を当てた。
今後、「ホームシック研究者・ホームシックカウンセラー」になりたい僕としては、僕のように、少数ではあるけれど、「ホームシック」や「カルチャーショック」で、心をすりつぶしている人にサービスを提供したい。
そのために、まず、以前の動画でも紹介したような、新たな土地で「文化的お遊び」や「話をきいてくれる存在」は大切かもしれない。でも、この動画では、僕はその女の子の女性としての魅力に惹かれたのもあるし、文化的友だちや安全基地は異性よりも「同性」の方が望ましい。僕みたいなくそ・ぽんこつは、情緒的・社会的サポートはできない。
そのような、移住者や進学者を集団内でサポートする体制を多く見てきたけれど、ホームシックで苦しんでいる人がいることを考えると、「文化的友だち的な存在になる・またはそのような存在と結びつける」サービスは必要であるし、民間でも介入する必要がありそうだ。僕がそのような存在を持てたきっかけになる、「自分の共通の好きや趣味(それは学問でも、ゲームでも何でもいい)」を介した、居住圏内でのコミュニケーションの促進に、糸口があるかもしれない。
また、僕のように、新たな土地で社会から能動的・または受動的に隔絶してしまう人への、社会参加を促すサービスも作っていきたいところ。