自分に「心理職」「正社員」は向いていない。
大学に入ってから、何度もこの自問自答に苦しめられた。
僕は高校時代にカウンセリングを受けたことがきっかけで、カウンセラー・臨床心理士に憧れた。そのため、大学に入り4年間「心理学」を学んだ。
大学で学んだ心理学はおもしろかったし、生活、恋愛、家族関係など、僕にもたらした恩恵は多い。
しかし、自分が「心理学」を消費するだけで、カウンセラーとして与える側に行かなくてもいいと思い始めた。
目次
大学院入試で、自分が憧れていたものは「経営者」と気づく

僕が憧れていたのは「経営者」かもしれない。
それは、大学院入試でひたすら自分と向き合って見つけたものだ。大学院入試で自分の将来について深く考えた。
「心理職として働くなら、どこに就職する?」
「開業するためにどうやってお金をためようか」
「心理職として、周りの人とうまくコミュニケーションがとれるのだろうか」
「そもそも、自分は心理職になりたいのか」
将来への不安は絶えなかった。しかし、自分の考えをノートに書いてみると、僕が本当になりたいものは「経営者」だと気づいた。
僕が心理学を学ぶ原点となったカウンセラー・臨床心理士は開業している。
最初にカウンセリングオフィスに通うのは不安だった。
しかし、その人のカウンセリングのおかげで対人不安が柔らかくなったし、昔よりはかなり生きやすくなった。
そんな変化をもたらしてくれたカウンセラーに僕は憧れた。

と思い込んでいたのだ。
心理学では「転移」というものがある。
これは、カウンセリングをうける人が、両親に対して抱いていた感情をカウンセラーに向けることだ。
僕は両親が好きではない。
そのため、小さいころに甘えられなかった欲求がカウンセラーへと向き、過度な「憧れ」の感情が生まれたのだろう。
また、僕はカウンセラーを「かっこいい」と思った。
その「かっこいい」を細分化してみると、僕がかっこいいと感じた部分はカウンセラーではなく「経営者」の部分だった。
生きるためのお金を自分で稼ぐ、その自由な姿と力強さに惹かれてしまったのだ。
このように、大学院入試でひたすら自分と向き合った結果、本当に目指すべきものがはっきりと見えてきた。
大学院入試で「転移」について参考になった▼
中高大に馴染めなかった過去と、大学でアルバイト12個をやめてしまったことを振り返れば、「正社員での就職」はむりだ

過去に起こったことは未来にも似たことが起こる。
中学、高校では、同じ年齢というだけで四角い箱に閉じ込められたあの空間が嫌いだった。
大学では「ホームシック」に苦しめられた。一人暮らしは無理だと悟ったし、賃貸で隣人の物音はストレスだった。
また、アルバイトも長くは続かなかった。合計して12個もアルバイトをやってみて、苦手な上司や先輩がいると、距離を置いても一緒にいるだけで疲れる。
22年間を必死に生きてきた結果、僕は「人と一緒に生きること」が無理だと学んだ。
これらの体験は、心理職へのイメージにも影響を与えた。
ロールプレイやカウンセリングの実習が楽しくても、心理職も結局「就職」であって、誰かと一緒に働かなければならない。
正社員として雇われることによって、中高大のように僕は人間関係で潰れてしまうかもしれない。また、新たな悩みもストレスによって増えていくだろう。
アルバイト・学校でさえも馴染めなかった自分は、周りの人とは同じように生きられない。
そう思って人生に絶望し、本気で悩んだ。
能動的相関によって、僕は今「農家」「プログラマー」「経営者」になりたい

人は誰しも才能を持っている。
飛びぬけた才能がなくても、好きなものや得意なことはあるだろう。
一方、嫌いなものや苦手なこともある。
それらの得意・不得意はどのように決まるのだろうか。
それについては大学で学んだ「パーソナリティ心理学」が参考になった。
キーワードは「能動的相関」だ。
まず、人の好き嫌いや得意・不得意は、遺伝と環境の2つによって作られるという説がパーソナリティ心理学にはある。
例として、勉強が得意な人をあげる。
その人は頭の良さを親から受け継いで、豊かな教育を受けるように家族が促したのかもしれない。
このように、遺伝と環境によって勉強が得意であると考えることができる。
先のように、子どもの得意を伸ばすように促すことを「誘発的相関」という。
また、自分が好きという理由で子どもにすすめるのは「受動的相関」だ。
一方、「能動的相関」とは好き嫌い、得意・不得意を子ども自身が理解した上で、自分にあった環境に行くことだ。

僕は「コミュニケーションで疲れやすい」「ルールがびっしりと並べられた窮屈な場所ではすぐに潰れる」「耳が過敏で、ほとんどのアパートやマンションでの暮らしは苦痛」という欠点がある。
しかし、「文章を書くことが好き」「目標を自分でたてて、想像しながら達成していくことが好き」「情報発信が好き」といった輝く面も持っている。
能動的相関によって、僕は自然と共生しながら仕事ができる「農業」、コンピューターと向き合うことが多い「プログラマー」、そして自分から進んで目標を作る「経営者」になろうとしているのだろう。
心理職になるべきか、ならないべきか

この「能動的相関」から見ても、心理職になるかならないかは悩ましいところだ。
自分が心理職になってみなければ、「合っているかどうか」は分からない。
しかし、心理職も「正社員」と「非常勤」に分かれており、僕は「正社員」には向いていないだろう。
それなら「非常勤」として働くのがいいだろうか。非常勤の給料で、奨学金の返済や国民年金の支払いはできるのだろうか。
このように不安が頭の中でループして、さらにストレスが増えるという悪循環だ。
しかし、心理職の非常勤をしながらもコツコツと自分の商品を作って、田舎の一軒家で静かに暮らし、畑や田んぼでゆっくりと作物を育てる、このような生き方が僕には合っているかもしれない。
また、お金がたまったら「飲食店」「商品の工場」のように、自分の法人を立ち上げて「経営者」になるのもいい。
そんな生活が待っているなら、大学院は無理のない範囲で卒業を目指した方がいいのだろう。しかし、身体が悲鳴を上げているならやめてしまうかもしれない。
まだ結論は出ないけど、他の生きづらさを抱えた人に希望を与えられるように僕はこれからも自分の生き様を発信し、そのような企業を作っていこうと思う。
パーソナリティ心理学の本▼
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