「うわ、緊張する」
一応、書類審査が通り、ある東日本の地域おこし協力隊の面接があった。記憶が新しいうちに文章に保存して、後から見直せるように。また、これから地域おこし協力隊を目指す人の参考になるように書いていく。
1. 入室と1人目
「面接は30分ほどで終わります」
このように、採用の方からメールが入り、オンライン面接の形だった。結果を言うが、10分ほどで終わり、「あれ、自分って興味持たれていない?」と、不合格を覚悟する結果である。まあ、これからもうけますけれども。
まず、オンラインのURLに入室し、ZOOMでの面接が始まった。
採用担当で一度、顔を合わせた方と、おそらく行政や市役所の職員が3人座っている。
「これから、2番目、~さんの面接を始めます」
ああ、自分は2番目なんだと、こわごわと内心震えながら、進行の声に耳を傾ける。
「まず、自己紹介からお願いします」
「はい、~と申します。年齢は23歳です」
自己紹介が問われるとは思っていなくて、本名と年齢しか言えなかった。もう少し、自分の所属する集団とか、言った方が良かった?出身とか。
そして、一人目の方から質問が来る。
「まず、学歴についてなのですが、大学院中退の一番の理由は経済的なものですか?」
いきなり学歴か!と内心焦りながらも、丁寧に説明した。僕は都会での生活が苦手であることもあるが、退学の一つの理由は経済的理由であること。大学院に入って分かったけれど、心理学の大学院は修論や実習が大変で、アルバイトとの両立も難しい。そして、当時、僕は同棲をしていて、元の方から借金をするほど、経済的に困窮していた。
という感じで、全ては話さないけれど、経済的理由であることを伝えた。あちらも、採用した人がすぐにやめられては困るから、学校をやめた理由を聞いたのだろう。でも、大学はしっかり4年間続けたし、地域おこし協力隊も3年間赴任できると確信できるところにしか申し込んでないし、そこは熱意を伝えた。
次の質問。
「卒業して心理学から離れるということですか? 心理学での就職は考えたの?」との質問。
そこでも「はい」と間を入れて、心理学を学んでいたときも発達障がいや障がい分野に興味があり、福祉分野での就職も考えてたこと。そして、地域おこし協力隊も魅力的に思っていて、今後の自分の活動に心理学を活かしていきたいと考えている旨を伝えた。
2. 2人目
2人目の面接官が口を開く。
「今度は私が」
「はい」
柔和な顔つきを続け、コクりと首を下げる。
「ストレスが溜まったときはどうしますか?」
2人目の面接官の質問は、「これなの?」と思うほど意外ではあったけれど、腑に落ちる。
どうやら、地域おこし協力隊の制度にはいまだに改善の余地があり、地域おこし協力隊をやめて早々と地域を去ってしまう人もいる。おそらく、仕事のミスマッチとともに、都市圏から田舎の生活にうつる大きな変化、移住者と既存の住民との初めの壁、または行政によっては人員の不足を補う形で制度を使っていることもあり、地域の新たな可能性として光を当てている行政もあり、その差は大きい。
このような前例があるからこそ、その土地での新たな暮らしでストレスが溜まったときの対処法や、被面接者の適応度を見ているのだろう。
「はい、自分は昔、棒高跳びをしていたこともあり、ストレス発散の際に運動をしたりします。また、歌を歌ったりもします」
このように、自分の適応度の高低はいまだにわからないものの(確実なのは都会生活への絶望的なほどの適性のなさ)、ストレスを解消する手段は多く持っていることを伝えた。
また、「家族はこの募集に応援している感じ?」と、矢継ぎ早に聞かれる。
僕の場合、家族は地域おこし協力隊への応募を応援してくれているし、過干渉なところはうっとうしいけれど反対はされない。この質問はよくわからなかったけれど、配偶者や子どもがいる場合、家族内での移住への意思や動機がおのおの違うと、移住生活の良し悪しが決まるという、面接官たちの経験則なのかな?とも考えた。たしかに、地域おこし協力隊の募集用紙には、必ず、「配偶者の有無」は問われるもんね。まあ、僕はもちろん、無。
という感じで、2人目の質問は終わる。
3. 3人目
3人目の方は、一度顔を合わせたことがある。応募の前に、その市町村の見学で同伴してくれた。
「提案の概要を説明してくれませんか?」
「はい」と、口に出し、簡潔な提案の内容をまとめる。僕が応募したのは、拡散的思考の地域おこし協力隊で、考える力が問われる。また、それ以上に協力隊としての適応度の高さも見られると、この面接を通して分かったけれど。
話を戻し、その地域でやりたい提案を、提案書として提出した。そこに書いてあることを口頭で伝えるという内容だ。難しいと思ったし、これは大学院の面接で問われた、「あなたの研究計画の概要を1分くらいで説明してください」と近いものを感じた。
そこで、提案を立案した背景から、その地域でやりたいこと、産業や特産品、力を入れている農作物に絡めて、自分の提案の簡潔な説明をした。しかし、伝わりやすい説明ができたのかはわからない。
「~ということですね」と、面接官は最後に一言添えて、面接が終わる。もう少し、この完結説明の練習はすればよかったかな。
4. 4人目
4人目の面接官は、体格がいい、日ごろから身体を動かしていそうな面接官の方。
「私からは2つ、聞きたいことがあります。」
1つ目は忘れたけれど、新たな土地での生活はストレスたまる?と、ストレスというキーワードは覚えている。
その質問に、「都会よりは「田舎」の方が自分に合っています。」と、質問の答えになっていないような回答をしてしまった。また、田舎という言葉は、ある人にとってはネガティブな言葉であるため、その言葉は発しない方が良かった、「自然豊かな場所」と、次回は言い換えないと。
「~に知り合いはいる?」
と次の質問がくる。「いません。しかし、HPなどで見た事業者などとの新しい繋がりを作っていきたいと考えています。また、大学時代の知り合いが~にいます」と、前向きではあるけれど質問の答えになっているかは疑問な回答を繰り出した。
地域おこし協力隊の募集を見ていると、「関係人口」という言葉が注目されている。関係人口とは、定住未満 旅行以上みたいなニュアンスの人々で、1度きりの旅行とか一過性の関係以上の、その地域に愛着を持っている人を言う。
このように、すでに関係人口であるのかをいう問いはとても答えるのが難しかった。つながりがあるならば、その方たちの内集団の意識に組み入れてもらえるし、面接官も人だから、こちらを好ましく思ってくれるかもしれない。も少し、関係性をアピールできるような体験や情報収集が必要だったかな、なんて。
また、すでに関係人口である人の方が、その地域に赴任後も残ってくれるという経験則が、面接官の脳裏にあるのかもしれない。
5. 感想
「最後に質問はありますか?」という問いに、沈黙が続く中、面接は終わった。手ごたえは全くなかったし、たぶん落ちた。
しかし、書類審査に何回か落ちたことを考えると、今回は面接にまで進めたし、進歩はあった。こうして、これから面接を控える人の参考にもなることだし。
まず、初めての面接は、地域おこし協力隊の採用に行政がかかわっていることを非常に強く感じた。地域おこし協力隊も総務省の制度だし、行政と上手く連携しながら、地域おこしが進んでいくのだと感じた。
一方、勤勉性のフィルターをかけることは望ましいけれど、拡散的思考が得意な子ども・青年が、行政の面接官から「好ましい」と思われるかは疑問である。障がいを抱えている人は、コミュニケーションが苦手なこともあるし、一方、とんでもない創造的な思考力を持っていたり。
そのような子どもの発掘はROKETとか、僕も民間の法人を作っていくけれど、まあ、一つのいい経験と示唆にはなった。