大分の海で、彼女は海辺に流れ着いた角が丸まったガラス片を手に取った。
“大分旅行の記念“として、東京に持って帰るらしい。
僕達にとって、このガラス片は思い出の一部だ。それを眺めるたびに、朝に湯けむりが立ち上る幻想的な風景を別府で見たことや、杵築に降りて将来こんなところに住みたいねなどと話した記憶が蘇る。
しかし、このガラス片を知らない人にとって、これは”ゴミ“でしかない。
今年の春頃、祖母と一緒に実家の小屋を掃除した。小屋の中には、歴代の先祖のものであろう衣服や家具がわんさかと埃を被っていた。
もう使えないものに対して、僕は”利用価値のないゴミ“と冷淡な見方をした。ガラクタのように見えるものを目にして、なぜご先祖様とあろう方が価値のないものを残すのだろう?といらいらしていたのである。
先祖が片付けを怠ったからこそ、小屋はもので溢れ、片づけている自分が損しているみたいで腹立たしかった。
しかし、小屋は埋め尽くしているものは、大分で拾ったガラス片と同じなのかもしれない。
利用可能性で見た価値は0でも、誰かにとっては大切な思い出を頭の外に置いておく,記憶のバックアップのようなものだろう。
僕が”ゴミ”だと思っていたものも、僕の先祖が愛を育み、家庭を営み、命を紡いできた中で生まれた記憶のバックアップかもしれないのだ。
だからこそ、「こんなゴミは全部捨ててしまって、小屋の中にバスケットコートか大きな部屋を作ろうよ」と、祖母に提案した自分が愚かに思えた。
ガラス片は、僕達にとって捨てられない思い出の品だ。それが”ゴミ”と言われれば、悲しい気持ちになる。
しかし、小屋は掃除しなければならない。年々老朽化が進んでいるし、ここの掃除をしないと次の世代が苦しむ。今も小屋の中はもので溢れかえっている。それを一切の躊躇なく、ごみ箱に投げ捨てることができたらなんて楽だろう。
以前の自分には,目の前にあるものの価値を「利用可能性」でしか捉えられなかった。それは資本主義に適応するために身に着けてきた冷酷な視点かもしれない。
しかし、その視点はその物がどのような経緯で、どのような変化によってこの場に存在しているのかという豊かな視点をそぎ落とす。
大分の海でどこにでもありそうなガラス片を拾った。そのガラス片を見るたびに大分での刺激的な、おおらかな自然を目にした記憶が蘇る。
この経験から、自分の偏狭した視点に気づくことができた。このような人生における“気づき”を得られる爽快感があるからこそ、旅はやめられない。
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