誰しもが、日常の中で頭を抱える。
人間関係や恋愛の悩み、勉強の悩みなど、一瞬で解決できないものが思考を蝕む。
そんな息苦しい中、人々は“カラオケ”を求めて街へと繰り出すのだ。
カラオケで日頃のストレスが口から抜けていく。死ねという歌詞が、日頃の鬱憤を歌詞の中の仮想敵を殺すことで心の痛みが吹き飛ぶ。
青い空という歌詞によって、記憶の中で一番美しく、そして晴れやかな青空が心中に浮かび上がる。
歌詞によって心が癒やされ、リズムで身体が高揚する。
音楽が流れるだけで空気が踊り出す。その振動を心が感じ取り、筋肉の凝りがほぐれ、吐き出した高速の息に自分の命を感じる。
恋の歌によって現在している、または過去の恋を思い出す。今の愛する人への愛を、名前も知らない人の恋を聞いて再確認する。
また、無数にある恋の歌を聞き流し、恋に対するいろいろな嗜好があると学ぶ。恋には決まった型などなく、どんな恋も心がはちきれるくらいに感情が高ぶるものと知る。
憧れの歌手と同じ歌を歌うことで、その歌手と同一化できる…
このように、カラオケが人にもたらす恩恵を言い尽くすことはできない。
疲れても喉に過重労働を強いる。そんな中毒性がカラオケにはある。
カラオケが好きなのか依存なのかは分からない。カラオケが無くても生きていけるけど、人生に彩りを与えてくれる。
上手く歌う必要はない。また、どんなに上手く歌っても作る側にはいけないと悟る。
歌を歌える人は多いのに、作る側が希少だからこそ称賛される時代なのだろう。
そのような人によって紡がれた言葉と音楽によって、人々は心を癒やされ、娯楽として社会に恩恵をもたらす。
カラオケを考察するのは面白い。
多くの人に愛され、誰かにとっては心の支えであり、それをアイデンティティとして生を保つ人もいるのだ。
多くの学びをもたらし、心を和ませ、社会を変革する。
そのような発信者・経営者の使命を遊びの中に包みこんでいるカラオケは、心の友であり人生の先達として、人々の人生に彩りを与えてきたのであろう。